
こんな人に観てほしい:外では、手も繋げない相手がいる人

好きな人と歩いているのに、駅前に着いた途端に会話が業務連絡になる。そういう時間を過ごしたことはありませんか。
隣を歩けるのに触れられない。同じ電車で帰れるのに、途中から他人のふりをする。帰り道が一日でいちばん楽しくて、一日でいちばん短い。榊原萌が演じる年下の彼女は、その帰り道の続きを、玄関の内側にまるごと持ち込んできます。
彼女は家の中でもこちらを「先輩」と呼びます。名前で呼ばないんです。理由は本人が自分から説明します。「だって先輩呼びじゃないとみんなの前でも出ちゃいそうだし」。家で名前呼びに慣れてしまうと、外でうっかり出る。だから家の中の呼び方まで、外に合わせている。
——健気とか、いじらしいとか、そういう言葉で片づけたくないんですよ。この子は二人の関係を守るために、自分の甘え方に制限をかけている。その制限つきの甘え方が、これから始まる同棲生活の全編に効いてきます。
あらすじ:同棲初日の夜に、「同棲開始のキス」

作品はいきなり、新しい部屋の床に敷いた寝床の上から始まります。二人は温泉デートから帰ってきたところ。「今日のデート楽しかったね」「久しぶりに温泉行けてゆっくりできた」と、彼女はこちらに跨ったまま今日の話をやめません。「外だとさ全然くっつけなかったけど」——ほら、さっきの話です。外で我慢した分が、全部ここに来ている。
しばらく今日の話が続いたあとで、彼女は少しあらたまって、こう切り出します。
「ねえ、先輩。ちょっと恥ずかしいんだけど、同棲開始のキスしてもいいかな。だめ?」
同棲開始のキス。テープカットですよ、これは。式典なんです。キスひとつにわざわざ名前をつけて、許可を取って、しかも「だめ?」まで用意している。ここで断れる人間がいたら教えてほしい。
一度始まったら止まりません。「これから毎日」「チューしてもいい?」と、まだ一日目なのに向こう何年分かの確認を取ってくる。
そのあと彼女は、髪型を変えてきたことに気づいてほしくてたまらなくなります。自分から髪を差し出して「匂い嗅いで」「いい匂い?」。こちらが気づかなかった理由まで、彼女が代わりに言ってくれます。引っ越し作業で忙しかったから、「気づかなかったって?」——引っ越しでバタついている真っ最中の夜なんですよ、ここは。荷物と手続きで頭がいっぱいの相手に向かって、この子はちゃんと可愛くしてきている。
そして、じゃれ合いの途中で不意に、「改めて言うけど」と前置きしてから、「あなたのことが」「好きです」「大好きです」。
じゃれ合いはそのまま身体に移りますが、この夜は最後まで手だけで終わります。明日のデート先を相談しながら——水族館か、公園か、結局「じゃあ動物園にしよう」——彼女はそのまま眠ってしまう。
見どころ1:「ちんちんが目の前にあるんだから」

二日目。約束どおりの動物園デートから帰ってきて、二人で湯船に浸かっています。
ここが本当にすごい。彼女、湯船で動物園の反省会を始めるんですよ。「一緒にお風呂入れて幸せ」と言って、手のひらにお湯を溜めて水鉄砲を作って「ちょっとしか出ない」と笑って、それから「今日のさ、動物園デート楽しかったね」。
一番よかったのはレッサーパンダ。もふもふしていて、「触りたかったけど」、動物園だから触らせてはもらえない。コアラは今日も寝てた。「やっぱコアラってずっと寝てて可愛いなって思った」。キリンも、小さい鳥もいた。鳥も大好きだから見られて嬉しかった。また一緒に行きたいね——ここまでは、本当にただの仲のいいカップルの入浴です。声だけ聞いていたら微笑ましい光景でしかない。
問題は、その話が一段落した瞬間でした。声のトーンも、あの子が可愛かったねと言っていたときの軽さも、まるきりそのままで、彼女がこう言い出す。
「なんかさっきからおちんちんがふわふわしてるんだけど」
——地続きなんですよ、レッサーパンダの話と。切り替えの合図がない。可愛い動物を数え上げていた口が、そのままの温度で下の話に移ってくる。この落差で一回、頭がついていかなくなります。
しかも彼女は、触りにいく理由をその場で組み立て始めます。まず困ってみせる。「なんか私も手のやり場に困っちゃうな」。困っているだけなら手を上げればいいのに、「きっとここにおちんちんあるから」と、わざわざ在り処を確認する。そのうえで、動物園でたくさん歩いて疲れたでしょう、と来て、「マッサージしてあげるね、ちょうどお風呂も入ってるし」。もっともらしい。ところが次の瞬間、こちらが言いそうなことを彼女が先に代弁するんです。
「え?マッサージってここのこと?」
——って言いたいんでしょ、と。ツッコミを奪っておいて、そのうえで、だって、と堂々と続ける。
「ちんちんが目の前にあるんだから、ここをマッサージしたくなっちゃうでしょ」
さっき触らせてもらえなかったもふもふと、いま目の前にあって触っていいもの。彼女の中ではこの二つが同じ引き出しに入っている。触りたいから触る。それだけ。悪気がないぶん、こちらは逃げ道を全部塞がれます。
「先輩とお風呂でこういうことするの初めてかもね」と言いながら咥えられて、湯の中なのか口の中なのか分からなくなるあたりで、この日はあっけなく終わります。彼女はちょっと驚いて、「先輩、いきなり出しちゃったんだね」。
——そう、この日も手と口で終わっているんです。ここ、覚えておいてください。
見どころ2:「初めてゴムつけるから」

三日目の朝。目が覚めると、掛け布団の中でもう彼女の手が動いています。「バレた?」
「だって昨日さ」「お風呂で出しちゃったから」「エッチできなかったじゃん」「朝からムラムラしちゃって」。しかも、こちらが目を覚ますずっと前から先輩のおちんちんを「ずっと舐め舐めしてたんだ」と、おはようの前に事後報告が来ます。
つまりこの二人、同棲を始めて二晩経って、まだ一度も繋がっていない。温泉デートの夜も、動物園デートの夜も、彼女の手と口だけで終わってきた。積み上がっていたんですよ、静かに。
それでも彼女はすぐには本題に入りません。くすぐり合いになって、こちらの弱いところを探して、二人で笑い転げて、その息が整わないうちにこう言います。
「朝こうやって一緒にいられてすっごい嬉しい」
同棲を始めてまだ数日だけど、と前置きしたうえでの一言です。これを挟んでから「まだ朝だけどエッチしたい」「昨日できなかったんだもん」に行く。順番が完璧なんです。先に幸せの話をされてから欲望の話をされると、断る理由が消えます。
そして、この作品でいちばん好きな場面が来ます。
「先輩、本当に入れてもいい?」「じゃあ、ゴムつけるね」——ここまでは、まあ、いい。問題は次です。
「初めてゴムつけるからつけ方とかあんまりよくわかんないけど」「頑張ってみるね」
頑張ってみるね、ですよ。宣言してから始めるんです。案の定うまくいきません。何度かやり直して、こんな感じで合ってるかな、と確認して、それでもダメで、最後は助けを呼びます。「え、先輩ちょっと手伝って」。
しかも言い訳が用意されている。「先輩のおちんちん大きくてゴムがちっちゃいんじゃない」。器用じゃない自分ではなく、ゴムのサイズのせいにする。ここで笑ってしまって、笑った直後に、その手つきの拙さが一番効くことに気づきます。慣れていない手が触れている時間だけが、そこだけ間延びしている。焦らされているのではなく、本当にできていないだけ。この種の遅さには抵抗のしようがありません。
ようやく着け終わると、彼女は「全部入ったね」「ありがとう」と言います。ありがとう、です。手伝ってもらった礼まで済ませて、それから「入れていい?」——かと思えば、「その前にチューしよ」。ここでもまだ、手順を一つ挟んでくる。
そこから先は、彼女の体重と、二晩ぶんの我慢が一緒にかかってきます。手を繋ぎたがり、後ろを向きたがり、また向かい合いたがる。腰が落ちるたびに三つ編みが跳ねる。自分ばかり達しているのを申し訳なく思い始めるのも彼女のほうで、何度もイったあとで、今度は自分が下になって突かれる側に回りたいと頼んできます。繋がったまま「もっと合体してたいな」と、離れている時間そのものを惜しがりながら。
ここまでずっと、進める側は彼女でした。キスの許可も、ゴムの装着も、体位も全部あちらが決めてきた。その主導権を、いちばん最後に自分から手放してくる。ここから作品の色が変わります。
最後に:「これからもよろしくね」

果てたあとも、二人はまだ繋がったままです。まだ息が上がったまま「大好きだよ」と言って、彼女はそのまま話を続けます。呼吸が整ってきたところで、ようやくこの一言が出ます。
「ねえ、二日間ともしてくれなくて寂しかったんだよ」
——数えてたんですよ、この子。
温泉デートの夜も、動物園デートの夜も、彼女はずっと笑っていました。手で終わっても口で終わっても、嬉しい、幸せ、大好きとしか言わなかった。その二晩を、寂しかったと言い直したのは全部終わったあとです。あの明るさは我慢の上に乗っていた。それを不機嫌の形ではなく、事後の甘え方で伝えてくる。
そして、話は自然に明日以降のことになります。今までは家が別々だったけれど、これからは「お家帰ってきたら、先輩が待ってるし、私も待ってるからさ」。「私お料理得意だから」「いっぱいお料理作るね」。最後は、「これからもよろしくね」「大好きだよ」「これからも一緒にいようね」。
——ここでも先輩、なんですよ。二人きりの部屋で、繋がったまま、この先ずっと一緒にいようという話をしている最中でも、呼び方だけは外向けのまま変わらない。人前で失敗しないための予行演習を、この子はいちばん無防備な瞬間まで続けている。
この作品には事件が起きません。浮気も、修羅場も、寝取られもない。あるのは、デートして、風呂に入って、動物の話をして、朝になったらまた抱き合う、それだけの三日間です。それだけの三日間が、なぜこんなに効くのか。
答えは簡単で、この三日間には終わりがないからです。デートの帰り道は改札で終わる。旅行は日曜に終わる。でも同棲は終わらない。今日の続きが明日で、明日の続きが明後日で、その途中に必ず彼女がいる。
観終えたあなたはきっと、誰もいない部屋の電気をつけた瞬間に、この最後の一言を思い出します。おかえりを言う人がいる生活を、一度でも味わってしまったからです。
