
こんな人に観てほしい:名前のつけられない関係が続いている人

会えば必ず身体の関係になるのに、恋人ではない。連絡は取り合うけれど、予定を先まで決めたことはない。そういう相手が人生に一人でもいたことのある人は、この作品の入口で足を止められると思います。私は止められました。
彼女の名前は希望。マッチングアプリで知り合って、その日のうちに関係を持ったのが始まりで、以来ずっと、都合のいいセフレとして続いている。——前提はそれだけです。なるほど気楽な話だな、と最初は思うわけです。
ところが観ていくと、この「都合のいい」が誰にとって都合がいいのか、だんだん怪しくなってくる。石原希望が演じる彼女は、来る時間も、する順番も、しない日も、全部自分で決めている。こちらがしていたのは、ただ連絡することだけでした。
あらすじ:渋谷のホテル、出張前の部屋、そして大阪

始まりは一本の電話です。「もしもし? どうした?」「えー? 今日したい? まあええけど」「どこ? 渋谷?」。関西弁で淡々と段取りが決まって、「まあ1時間だけ待てる?」「今から行くわ」。そして本当に来る。しかも申告より早い。「思ってたより早く来れたんやけど」「嬉しいやろ」。
部屋に入るなり、彼女は隠しません。「やりたそう?」「うん、やりたいから来たんやけど」。呼ばれたから来たのではなく、自分がしたいから来た。ここが最初にはっきり示されます。「ちょっと我慢してから来てん、今日」と、来る前の状態まで自分から明かしてくる。
二つ目の舞台は、出張の支度をしているこちらの部屋。「いや、近く来たからさー」と、今度は予告なしに現れます。三つ目が大阪。出張先から電話で誘われた彼女が、渋りに渋ってから新幹線に乗る。会う場所が遠くなっていくのと反比例するように、二人の距離は近くなっていきます。
見どころ1:「あかん、今日予定あるから」

私がこの作品でいちばん唸ったのは、二つ目の場面です。彼女が断るんですよ。
出張前の部屋に来て、こちらの様子を見て笑って、「何このやる気のない体は」とからかってくる。当然いつもの流れになると思うじゃないですか。ところが、はっきり言われます。「あかん、今日予定あるから」「ダメです」。理由も明かされる。これから友達と遊びに行く予定があるのだと。
それでも粘られると、彼女は自分で線を引き直すんです。「そんなにしたいの?」「でもエッチ始めちゃったら、長い時間かかるし」「エッチじゃなかったらいいよ」「お口でしてあげようか?」。——できることとできないことを、自分の都合で分けて提示してくる。この線の引き直し方が本当に見事で、しかも「しゃーないなぁ」と言いながら口元が笑っている。
しかも約束は最後まで守られます。途中で「エッチしたいの?」と訊いておいて、「ダメ」。予定はあるのかと念を押されても「あるよ、友達ちゃんとおるから」「ちょっとだけでもダメ」「ちゃんと約束守りたいの」。そのうえで、ちゃんと本音も添えるんですよ。「やりたくないわけないやん」。
やりたい。でも今日は無理。だから代わりにこれをする。——この整理の仕方が、色っぽいんです。焦らされているのに腹が立たない。むしろ、この人はこちらを雑に扱っていないんだな、と伝わってくる。腰の奥に溜まったものを持て余したまま、それでも納得させられてしまう。最後は「ほんまは私もエッチしたかったけど」「ごめんね」「出張から帰ってきたらいっぱいしよ」。そして「じゃあ、出張行ってらっしゃい」「頑張ってね」。そのまま送り出されます。完璧です。
見どころ2:「まぁええわ、今回だけやで」

三つ目の場面は、大阪からの電話で始まります。「もしもしー、仕事終わったん?」「大阪どう?」「あの、あそこ行った?」「通天閣」「めっちゃいいね」。地元の話で機嫌よく喋っていた彼女が、今から来ないかと誘われた瞬間、一気に現実的になります。
「ん? 今から? 大阪に?」「えー、だって2時間半かかんねんで」「労力がさー、かかるやんこっちに」「やったら早く帰ってきたらいいやん、そっちが」。ぐだぐだ文句を言って、それから理由を探すんですよ。「まあ美味しい店も教えたらなあかんし」。そして、「急に誘うのやめてって言ってたのになー」と釘を刺してから、こう言う。
「まぁええわ、今回だけやで」
で、本当に来る。ここが最高です。着くなり、こちらの労いより先に「来てくれたらありがとうやろ、まず」。それから苦労を並べ立てる。「めっちゃしんどかったわ、ギリギリで」「終電間に合うかなーって」「ほんまに大変やった」。挙げ句の果てに、請求まで。「ちゃんと新幹線代払ってな」。そして最後に本題を置く。「あと、ちゃんと気持ちよくしてください」。
これ、要求として完全に正しいんですよ。呼び出したのはこちら、移動したのは彼女、だから対価を払え、そのうえで満足させろ。ぐうの音も出ない。そのくせ、次の瞬間には「その顔ずるいわ」「気持ちよくしてくれる?」と甘えてくる。「いっぱい我慢したんやで」。文句を言いながら来てしまうこと自体が答えになっていて、そこに気づくとこちらの背筋がぞわっとします。
そこから朝までです。「この間さ、できひんかったから、もう我慢できひんねんけど」。求めるものははっきり口にする。「このまま中に出してほしい」「中出して」。気づけばカーテンの向こうが明るい。「もう朝になってる」「いっぱいエッチしたな」。
最後に:「彼女になりたいなって思ってる」

終わったあと、二人で並んで横になったまま、彼女が切り出します。
「どうする?」「一緒に帰る?」「でも眠たいから」「寝てから帰ろかな」。そこまでは、いつもの気楽な会話です。ところが少し黙ってから、彼女は言いよどみながら続けるんですよ。「こうやって一緒に」「おる時間多いやんか」。
「そのー、なんか、セフレ? みたいなのを、卒業したいなと思ってて」
慌てて付け足すのがまたいい。「あ、違う、もう会えへんとかじゃなくて、そっちじゃなくて」。そして、まっすぐ言います。「彼女になりたいなって思ってる」「彼女にしてほしい」「好きやから」。
——ここで思い出してほしいんです。渋谷のホテルの帰り際、彼女はすでにこう言っていました。「あのさー、次は」「昼からデートとかしてから、ご飯とか食べてからにせえへん? こういうの」「急に呼び出すのやめて」「次は、ちゃんと予定立てて会おう」。あのときから、この人は同じことをずっと言っていたんですよ。名前のない関係を、名前のあるものにしたい、と。気づいていなかったのはこちらだけでした。
返事を受け取った彼女の反応が、これまた可愛い。「いいってこと?」「よかった」。そして照れる。「こっち見んといて」。最後の一言は「大好き」です。
観終えたあなたはきっと、自分が「都合のいい関係」だと思っていたものを、相手はどう呼んでいたんだろう、と考えることになります。だいたいの場合、ちゃんと考えていたのは向こうです。
