
こんな人に観てほしい:一日の終わりまで、言葉を選び続けているあなたへ

朝から晩まで、あなたは言葉を選んでいます。この言い方だと角が立つな、ここは一回クッションを置こう、この人にはこの温度で返そう。会議でも、チャットでも、飲み会でも。頭の中の検閲係が、起きている間じゅう働きっぱなしです。
そして厄介なことに、その係は夜になっても帰ってくれません。ベッドの中でさえ、気の利いたことを言わなきゃ、雰囲気を壊さない言葉を探さなきゃ、と考えている。相手を気持ちよくさせる責任まで背負っている。あなたのその真面目さ、たぶん今日はもう限界です。この作品は、開始からわずか数十秒で、その検閲係を追い出しにきます。
あらすじ:「今日は、頭使わないでエッチしていいって言われてるんだ」

コンクリート打ちっぱなしの壁、間接照明、茶色いベッド。白いシースルーのシャツを羽織った宍戸里帆が、覆いかぶさってきて言います。「ねえねえ、今日は頭使わないでエッチしていいって言われてるんだ」。それから、こう続ける。「私と普通の気持ちいいエッチする?」。そして少しの間があって、ひとこと。「分かった」。
これで全部です。ここから先、彼女の口から意味のある言葉はひとつも出てきません。設定の説明もない、シチュエーションの提示もない、途中の実況もない。聞こえてくるのは吐息と、喘ぎ声と、肌がぶつかる音だけ。あの「分かった」を最後に、彼女は言葉を使うのをやめます。
見どころ1:情報が消えると、こんなに情報が増える

言葉がなくなって最初に起きるのは、退屈ではなく過負荷でした。私はこれに面食らったんです。喋らない相手を前にすると、こちらは表情を読むしかなくなる。眉がわずかに寄ったのか、目が半分だけ閉じたのか、息が吸うほうで止まったのか吐くほうで乱れたのか。ふだんセリフに任せて聞き流している情報を、全部こちらが拾いにいくことになる。
しかもこの人、それに全部応えてくる。舌を出して舐め下ろしていくときの上目遣い、口に含んだまま眉を上げて反応を確かめてくる目、胸で挟んで見上げてくる顔。ぜんぶ「気持ちいい?」と聞いています。声には出さずに。返事のいらない質問を、身体の側から浴びせられ続ける。会話がないぶん、こちらは一秒も気を抜けません。目を離した隙に、何か言われている気がするから。
見どころ2:同じ人の顔だと思えない後半

本編は、二度のセックスで構成されています。そして後半、彼女の顔つきが変わります。
前半は、まだ笑っているんです。目が合うと目尻が下がる。太陽みたいな笑顔が、行為の合間にちゃんと残っている。ところが、ショッキングピンクのレースをまとって現れる後半、彼女は笑わなくなる。眉が寄って、口が半分開いたまま閉じなくなって、視線がこちらを刺すだけになる。明るい子の顔から、ただ貪っているだけの生き物の顔へ、ゆっくり移り変わっていく。
この落差が本当に効きます。冒頭で「頭使わないでエッチしていいって言われてる」と笑って言っていた同じ人が、途中から本当に頭を使うのをやめている。演技をやめたのか、演技が追いつかなくなったのか、観ているこちらには区別がつきません。区別がつかないことが、この作品のいちばん生々しいところです。
最後に:言葉を出さない人ほど、身体が喋る

彼女が黒い紐だけの下着姿になる終盤、目を閉じたまま口を開けて、こちらの動きに合わせて息だけを吐きます。言葉が一切ないのに、要求は全部伝わってくる。もっと、とか、そこ、とか、待って、とか。腰の角度と喉の音だけで、それが届く。人間、言葉に頼らなくてもここまで伝わるのかと、私は妙な感心をしてしまいました。感心している場合ではないんですが。
観終わったあと、静かなんです。作品が静かなのではなく、こちらの頭の中が静かになっている。あれこれ言葉を探す機能が、まだ立ち上がってこない。この作品が売っているのは巨乳でもテクニックでもなくて、あの「分かった」以降にやってくる、言葉のいらない時間そのものだと思います。
あなたはきっと、しばらく黙ったまま天井を見ることになる。そして次に人と喋るとき、いつもより一拍だけ言葉が遅れて出てくることに気づくはずです。
