
こんな人に観てほしい:いちばん幸せだった時期を、過去に置いてきたあなたへ

人生でいちばん良かった時期を聞かれて、迷わず過去を答えてしまう人がいます。今が不幸なわけじゃない。ただ、あの頃の密度にだけは、どうやっても勝てないと分かっている。何をしても初めてで、相手のことしか考えていなくて、時間が無限にあると思っていたあの数年。あれを更新する日は、たぶんもう来ない。
この作品は、その感覚をまっすぐ突いてきます。しかも残酷なことに、同じ人の「あの頃」と「今」を続けて見せてくる。初々しかった彼女と、大人になった彼女が、同じ声で同じように話しかけてくる。自分の記憶は美化されているだけだと思っていたのに、美化でも何でもなかったと確認させられる。思い出に弱い人ほど、後半で動けなくなります。
あらすじ:「今度結婚するの、私」

同窓会のあと、誘ってきたのは彼女のほうでした。「ねえ…この後ホテル…行かない…?」3年ぶりに再会した元カノを演じるのは綾瀬まりあ。作中でも名前は「まりあ」です。部屋に入ってからも彼女はよく喋ります。「全然みんな変わってなかったね」「こうやって目見るとすぐそらしてたもんね」。こちらに彼女がいると知ると「じゃあ元彼女とこんなとこ来ちゃダメじゃん」「浮気者」とからかってくる。
流れが変わるのは、彼女が自分の話をしてからです。「婚約者いるんだ」「今度結婚するの私」「驚いた?」。そして自分でこう続ける。「私こそ元彼とこんなとこいたらダメだよね」。ダメだと分かっている二人が、ダメだと言い合いながら部屋にいる。彼女は続けます。「でもさ、思い出しちゃうんだ」「あの時が一番幸せだったなーって」「人生で一番大好きだった人」。それから、「覚えてる?」と前置きして、こう聞くんです。「初めてお家行った時のこと」。
見どころ1:過去のほうが、未来の話をしている

大学で同じ学部だったまりあに一目惚れした——そう明かされて、作品は大学時代の部屋へ移ります。ポスターの貼られた壁、グレーのソファ。若いまりあが「女の子、自分のお部屋にあげるのもしかして初めて?」と笑い、「それちょっと嬉しいかも」と続ける。こちらの手を取って「緊張ほぐしてください」と甘える。この頃の彼女は、こちらと同じくらい何も知りません。
私がやられたのは、この回想のなかで彼女が口にする言葉でした。「経験豊富じゃないけど、これからこういうことたくさんしてみたい」。そして繋がったまま、自分の頬を両手で包んで、目を閉じたままこう言うんです。「これからも何度も何度もセックスするのかな」「二人なら幸せな未来描けそう」。
未来の話をしているのは、過去の彼女のほうなんですよ。しかもこちらは、その未来が来なかったことをすでに知っている。この構造に気づいた瞬間、行為の生々しさと胸の痛みが同時に来ます。エロいシーンを観ているはずなのに、なぜか喉の奥が詰まる。こんな体験、そうそうありません。
見どころ2:現在に戻ると、彼女は容赦がない

回想が終わり、ホテルの部屋に戻ってきます。ここからの彼女は、さっきまでの初々しさが嘘のように攻めてきます。まず、独り言のようにこうこぼす。「将来絶対一緒にって約束したのに」「なんで別れちゃったかな」「嫌いになるわけなんてないじゃん」。それから、自分で線を引き直します。「今でも好きとは言えないか」「ていうか言っちゃダメだよね」。そして「する?」「聞かなくてもいいか」「もうお互い大人だもんね」と、こちらに聞く形で答えまで出してしまう。
行為が始まってからの彼女は、記憶を武器にしてきます。「ここ好きだったよね?」「私の好きなとこ全部知ってるでしょ?」。さらに「彼女ともよくするの?」と今の相手のことまで聞いてきて、そのうえで「私でしょ?」と確認を取る。反論できません。事実だからです。
そして途中、彼女はこんなおねだりをしてくる。「私が婚約してるって知って悲しかった?」「もっと言って」「婚約して悲しいって」。自分の結婚を悲しいと、こちらに何度も言わせて興奮している。優しかった元カノの顔で、いちばん残酷なことを要求してくる。この作品でいちばん背筋が寒くなって、いちばん興奮した場面でした。
最後に:「今日だけでいいか」

終盤、彼女は「今日1日だけ?」と確認してきます。こちらの答えを待って、自分で結論を出す。「今日だけでいいか」。この諦めの早さこそ、大人になったということなんだと思います。若い頃の彼女なら、絶対に言わなかった言葉です。
そして最後に残る言葉が、これです。「私が一番青春した人」。過去形なんですよね。彼女はもう、こちらを未来の側に置いていない。いちばん良かった時期の登場人物として、丁寧に思い出の棚へ戻している。それでも今日一日だけは連れ出したかった——その気持ちだけで、この数時間は成立していた。締めくくりの「ありがとう」が、優しいのに突き放しているように聞こえます。
観終わったあと、あなたはたぶん自分の連絡先リストを開くことになります。名前を探して、トーク画面まで出して、何も送らずに閉じる。この作品はそこまでを含めて一本です。あの頃に戻れないと知っていながら、それでも一晩だけ戻してもらった感覚が、しばらく胸に残り続けます。
