
こんな人に観てほしい:「我慢」を美徳にしてきた人へ

「今は我慢しよう」「今じゃないタイミング」「卒業してから」──大人になる過程で、人は山ほどの「我慢の理由」を覚えていきます。社会のルール、立場、世間体、家族。全部、正しい理由。
本作はその「正しい我慢」が、一晩で、別の女生徒の告白一件をきっかけに崩れる話です。女優は白上咲花。メーカーはエスワン。「卒業まで肉体関係は持たない」と誓い合った生徒に、嫉妬されて、約束を破られる教師の一晩。「我慢」をやめる側じゃなくて、「我慢」をやめさせられる側で観る作品です。
あらすじ:「保健室に連れてって」──仮病だった

舞台は文化祭の片付け。教え子の咲花(白上咲花)が、笑顔で話しかけてくる。「文化祭超楽しかったね」「先生、片付けまで手伝ってくれて本当嬉しい」「先生って優しいよね」。
そこへ、別の女生徒が走り込んでくる。「てか、文化祭終わったら先生に言いたいことあって」「私、先生のこと好きなの」「だから付き合ってください」──生徒からの、ストレートな告白。「返事待ってるからね」と言い残して、彼女は去る。こちらは何も言えない。声が出ない。
その告白を、咲花は全部、見ていた。直後、咲花はその場で倒れてみせる。「文化祭頑張りすぎて疲れちゃったのかも」「保健室に連れてって」──仮病。頭を打った、と言い出して、保健室に運ばせる。嫉妬を、ストレートじゃなく、迂回路として「仮病」で表現してくるところに、彼女の演技力が出ている。
見どころ1:「さっき見ちゃったんだよね」と詰められる

保健室で、二人きり。咲花は、いきなり本題には入らない。まず、「我慢」の側の苦しさから話し始める。「今年も最後の文化祭になるね」「最後だから先生と一緒に文化祭回りたかったなって、ずっと思ってるんだよね」「先生と付き合いたいって思ってるけど、世間は許してくれないよね」「私の家は親も厳しいし、親も許してくれないってずっと思ってるんだ」「普通に街で先生とデートしてたら、すごい問題になっちゃうよね」「なんで先生と恋愛することって、いけないんだろう」
──「我慢」の理由を、一個一個、自分の声で確認している。こちらに言わせるのではなく、彼女側が自分で並べてくるところが、効きます。「分かってる、でも」の「でも」の前に、長い「分かってる」がある。
そして、本題。「ねえ、先生、さっきクラスの女の子と一緒にいたよね、さっき見ちゃったんだよね」「さっき先生が告白されてるとこ、目撃しちゃったんだよね」「生徒から告白されるなんて、先生ってすっごくモテるよね」──笑顔の裏に、明確な刃。
「さっきなんて言われたの?」「ちゃんと断ったの?」「先生、返事はどうするつもりなの?」──「ちゃんと断ったの?」。この一言で、こちらは詰みに入っている。断っても断らなくても、咲花の前では「同じ土俵にいる」と認めた瞬間に、もうこの関係は破裂する。
「先生、私さっきの見て嫉妬しちゃったみたい」「だからさっき、体調崩したふりしちゃった」「不安になっちゃったの」──仮病だったことを、自分から白状する。嘘を、嘘のまま使わないところに、彼女の誠実さがある。
「ねえ、先生、寂しいよ」「生徒と先生の関係があるから、恋愛するの難しいかもしれないけど、私は先生のことがやっぱり好き」「こんなに人を好きになったの、人生で初めて」──「初めて」。この単語が、年齢差のある関係で出る時、こちらの逃げ場が一つ消える。
見どころ2:「先生のこと好きすぎて、キスしちゃった」

そして、行動。「先生、ごめん、ニュースになっちゃうかも」「先生のこと好きすぎて、キスしちゃった」「もっといっぱいキスしてもいい?」──「ニュースになっちゃうかも」と、リスクを言葉にしながら、進めてくる。自分が今やっていることが社会的に何を意味するか、ちゃんと分かったうえで、それでも止まらないことを、宣言してくる。
「他の女の子に、先生のこと、取られたくないな」「生徒と先生の関係だけど」──「だけど」の続きを言わせない。沈黙が、続きを引き受ける。
「世間体とか、もう、どうでもいいよね」──「もう」。今までずっと「世間体」を理由に我慢してきた人が、それを自分で「どうでもいい」と棄てる瞬間。
「先生とやっとこういうことできて、咲花、とっても嬉しい」「先生、ちゃんと見ててね」──「やっと」。「卒業まで我慢」の約束が、ここで完全に終わったことを、彼女側が言葉にする。
「咲花のおっぱい、いっぱい触って」「先生も触って」「先生のおちんちん気持ち良すぎる」「気持ち良すぎてまたイっちゃって」──保健室の中で、本気で本気に変わっていく。「我慢」を破った後の解放感が、一気に出てくるフェーズ。こちらの罪悪感を、彼女の喜びで上書きしてくる。「悪いことしてる」感を、彼女が「嬉しい」で全部吸ってくれるから、こちらは止まれなくなる。
そして、終わったあと、彼女が次を予約してくる。「デートもしたいし、先生のお家でも行きたいな」「先生大好きだよ」──「お家でも」。「でも」が重い。保健室の一回限りではなく、次に場所を変える意思を、もう持っている。場面転換、「ついに先生のお家に来ちゃった」「今日は塾が10時まであるって伝えてあるから、お家には10時までに帰れば大丈夫だよ」──親に嘘をついて、教師の家に来る。社会的にアウトの度合いが、保健室の比じゃない段階に入る。「友達とかは、彼氏の話ばっかりしてるんだ」「先生が思ってるよりも、咲花はエッチなんだよ」──「先生が思ってるより」。こちらが彼女について持っている「清純な教え子」というイメージを、彼女自身が解体してくる。清純さを、こちらの幻想として返してくる。
最後に:「私のこと変態って」「先生の方が変態じゃん」

ラスト、二人で笑い合う場面。「私のこと変態って」「先生の方が変態じゃん」「大好きだよ」──「変態」という単語が、お互いに向けて、笑いながら投げ合える関係になっている。
「卒業まで我慢」と誓い合った最初から、親に嘘をついて家まで来て、「先生の方が変態じゃん」と笑える夜まで。──この距離を、一日で歩かせるのが本作です。
観終えたあと、思います。「我慢」の側にいる時のほうが、たぶん、人生としては正しい。でも、「我慢を破った夜」の方が、人生としては短くて、強くて、忘れられない。本作は、自分の中の「正しい大人」を一晩だけ留守にできる、101分の家出のような作品です。
