
こんな人に観てほしい:家で「邪魔者」扱いされていると、薄々感じている人へ

家にちゃんと帰る。飲み会も断る。妻に一途。──それを長く続けていると、いつの間にか「邪魔者」になっていることがあります。大事にすればするほど、その大事さが空気になって、感謝も興味も返ってこなくなる。本人もうっすら気づいていて、でも口には出せない。
本作は、その「家で邪見にされている既婚者」を、娘世代の女部下が、出張先の旅館で見つけて、丸ごと肯定してくる話です。女優は宍戸里帆。メーカーはFitch。「私が奥さんなら、絶対そんなこと言わないのにな」を、酔った勢いの体裁で、本気で言ってくる一晩。
あらすじ:「私が奥さんだったら、絶対そんなこと言わない」

舞台は出張先の旅館。手違いで、主任(こちら)と女部下が相部屋になる。彼女はまったく気にしていない。「だって私、男兄弟だからそういうの気にしないし」「それに、ただ寝るだけじゃないですか」「こんないい部屋泊まれるなんて、超テンション上がっちゃいます」──距離の詰め方が、最初から軽い。「気にしない」を先に宣言することで、こちらが気にする隙を消してくる。
営業成功の祝杯を重ねるうちに、彼女が酔って、核心に触れてくる。「飲み会誘っても、家帰らなきゃって全然来てくれないじゃないですか」「私、寂しいんですよ、主任がいない飲み会」。そして、こちらが漏らした家庭の事情に対して──「奥さんは主任のこと、邪魔者って思ってる?」「私が奥さんだったら、絶対そんなこと言わない」「旦那さんだったら、私、美味しいご飯作って、いつも帰り待ってるのにな」「旦那さんだったらいいのに。なんちゃって」
──「なんちゃって」で逃げ道を作りながら、本音を置いていく。冗談の体裁で、撤回可能な形で、でも確実に伝える話し方。
見どころ1:「全部私が勝手にやったことにして」── 罪悪感の肩代わり

浴衣に着替えて就寝。すると彼女が、布団に入ってくる。「枕が変わっちゃうと、うまく眠れなくて」「一緒の布団に入っちゃダメですか?」「主任のそばにいると落ち着きます」──「眠れないから」という、誰も傷つけない理由で、距離をゼロにしてくる。
小指を握り、心臓の音を確かめ、そして核心の提案が来る。「主任は、寝てたってことにして、これから先は全部、私が勝手にやったことって、こういうことじゃダメですか?」──ここが本作の構造の中心。「あなたは寝ていた、何もしていない、全部私の独断」という筋書きを、彼女の側から提示してくる。
「主任は何もしなくて大丈夫です。全部、私が勝手にしたことなんで」──既婚者にとって一番重い「罪悪感」を、彼女が全部引き受けると宣言する。「あなたは被害者(寝ていただけ)、加害は全部私」というフィクションを用意して、こちらが背負うはずの荷物を、先回りで持っていく。この「肩代わり」こそが、本作の最大の優しさであり、最大の毒。
見どころ2:「私の方が、絶対好きな気持ち大きいのに」

行為に入っても、彼女の動機は一貫しています。「奥さんのこと大事にしてるのは分かってるけど、お家で邪見にされてるって聞いちゃったら…」「私の方が、絶対、主任のこと好きだって気持ち、大きいのに」──「好きの量」で勝とうとしてくる。妻という立場には勝てなくても、「好きの大きさ」でなら勝てる、という土俵を、自分で設定してくる。
「私が奥さんの代わりに、主任のこと、いっぱい気持ちよくして」「奥さんと最後にしたの、いつですか?思い出せない?」──「奥さんの代わり」を、はっきり言葉にする。家庭で枯れている部分を、自分が埋めるという役割を、自分から名乗り出てくる。「思い出せないでしょ?」で、家庭の不在を確認してから、その空白に入ってくる。
「絶対、二人の秘密にしますから」「そしたら、奥さんにもバレないし」──「秘密の保持」まで彼女が保証してくる。罪悪感の肩代わり、好きの大きさ、秘密の管理──既婚者が踏み出せない理由を、一個ずつ、彼女の側から潰していく。
最後に:「邪魔者」だった人が、一晩だけ「主役」になる

本作がうまいのは、性的な魅力より先に、「肯定」を持ってくるところです。「邪魔者」という、家で貼られたラベルを、彼女が一枚ずつ剥がしていく。「主任、かっこいいですよ。上司だからとかじゃなくて、一人の男の人として」「尊敬してます」──機能(上司・夫・稼ぎ手)ではなく、存在そのものを評価される時間。
観終えたあと、思います。家で「空気」になっている人ほど、本作の「全部私が勝手にやったことにして」という一言が、深く刺さる。自分の意志で踏み出す勇気はない、でも、誰かが全部引き受けてくれるなら──その「受け身でいられる赦し」を、娘世代の部下が、丸ごと差し出してくる。現実には絶対に来ない一晩を、その分だけ濃く、補ってくれる作品です。
