
こんな人に観てほしい:「良かったです」しか言えなくなったあなたへ

正直に答えてください。最後に、胸が苦しくなるほど誰かを好きになったのはいつですか。即答できた人は、この先を読まなくていい。今すぐその人に連絡してあげてください。問題は、いま固まってしまった人です。仕事は回る、返信は早い、タスクは消化できる。なのに映画の感想を聞かれたら「良かったです」しか出てこない。飲み会で「最近ハマってるものある?」と聞かれて、0.5秒で「特にないですね」と答えてしまう。
この作品の主人公は、受験を控えた男子生徒です。成績は悪くないのに、現代文だけができない。理由が切ないんです。登場人物の感情が読み解けないから。「恋愛にうつつを抜かす時間があるなら勉学に励みなさい」と言われて育ち、誰かを好きになったことが一度もない。笑えますか。私は笑えませんでした。健康診断に「感情」の項目があったら、要再検査を食らうのは彼じゃなくて私たちの方かもしれない。
そんな彼に、家庭教師の八木先生はこう言うんです。「先生と疑似恋愛して感情を見つけてみよっか」。これは受験生だけの話ではありません。感情を後回しにして走ってきた全員のための、補習授業です。
あらすじ:「恋と愛の違いについて説明しなさい」

教えてくれるのは、八木奈々演じる八木先生。冒頭に浮かぶ紹介文がすでに完璧です。「知的で、礼儀正しくて、少し近寄りがたさを感じる、ちょっぴり年上な家庭教師の八木奈々先生」。壁に「合格」「必勝」の貼り紙が並ぶ勉強部屋で、机を挟んで向かい合う日々。ある日の設問が、僕の人生を変えます。「恋と愛の違いについて説明しなさい」。
答えられない僕に、先生の講義が始まります。「恋は一人でするもの。愛は誰かと育むもの」「恋は自分で温めるもので、愛は二人で燃やすもの」。国語の授業でこんな名言、習ってないでしょう。それでもピンとこない僕に、先生はとんでもない補講を提案します。疑似恋愛。付き合っているという設定で、受験まで走る。そして「じゃあ、既成事実を作っちゃおうか」と先生の目をじっと見つめさせて、唐突にキス。
「すごいドキドキしてるね。また明日ね」
ここで帰るんですよ、この人。風呂上がりに冷えたビールを目の前に置かれて「乾杯は明日」と言われるようなものです。眠れるわけがない。ここから123分、幸福も嫉妬も後悔も喪失も全部入りの、恋愛のフルコースが始まります。
見どころ1:声のトーンは授業のまま、内容だけが授業じゃなくなる

翌日です。翌日ですよ。目の下にクマを作った僕を見て、先生は嬉しそうに笑うんです。「え、先生とキスしたから昨日寝れなかったの?」。一晩中先生のことを考えていたと白状すれば、「先生のことめっちゃ好きじゃん」。からかい方が上手すぎる。そして、このままじゃ勉強にならないからと続くのが「先生が抜いてあげよっか」。さっきまで現代文を教えていた口ですよ。しかも声のトーンが変わらないまま、そっと付け足すんです。「ねえ、お母さんには内緒にできる?」。図書館で耳打ちされるときと同じで、声が小さくなるほど、こっちの心臓がうるさくなる。
そこからの実技は、驚くほど丁寧です。「初めてなんでしょ? 大丈夫。ゆっくり舌出して」と、舌の出し方から教えてくれるキス。初めて他人の手で触れられる感覚。そしてフェラへ。ここで注目してほしいのが、手です。先生、口で奉仕しながら、僕の手に指を絡めてくるんです。恋人繋ぎ。いちばんいやらしい行為の真ん中に、いちばんピュアな接触が置いてある。スイカに塩を振るあれです。塩のひと粒で甘さが跳ね上がる。「お口に出していいよ」に甘えての初めての口内発射を、先生は「先生嬉しいよ」と受け止める。こんな家庭教師が存在していいのか。
やがて僕は先生の家に招かれます。ピンクのベッドの、意外なほど少女っぽい部屋。「彼女の全部、見せてあげる」の宣言どおり、ベッドの縁に座って、まっすぐこちらを見たまま脚を開いて、本当に全部見せてくれる。そして童貞卒業の日、先生は最後の板書のようにこう言うんです。「セックスは、愛がなくてもできちゃうものだけど」「愛があるセックスは、それよりも断然気持ちいいものなのよ」「先生がいっぱい愛を教えてあげるから、感じ取ってね」。その講義の意味を、先生の中で、体で理解させられる。事後にくれた言葉が「君の愛、いっぱい感じられたよ」で、胸がいっぱいになった直後に「一息ついたら勉強しよっか」。そうだった、これ受験勉強だった。この温度差で笑ってしまいました。エロくて、優しくて、ちゃんと面白い。前半だけでもう元が取れています。
見どころ2:ご褒美系だと思って観ていたら、失恋させられた

ここからです。この作品が「優しい先生に筆おろししてもらう話」から、別の何かに変わっていくのは。黒い画面に文字が浮かびます。「先生のことが本当に好きになってしまった…」「これは、恋?それとも愛??」——そして、「僕は見てはいけないものを見てしまった」。先生が、知らない男の人と二人で歩いている姿。僕はアポなしで先生の家に押しかけて、浮気してるんだろ、と嫉妬を丸ごとぶつけます。
ここでの先生が、本気なんです。泣かない。ごまかさない。まっすぐこちらを見て言い切ります。「嫉妬に狂うくらい愛おしいのはよくわかる。でも、先生は君のものではない」「尊敬や尊重しあえないのなら、それは恋愛ではなくて束縛になってしまう」。甘やかしてくれないんです。疑似恋愛なのに、本物の恋人として叱ってくる。私はヘッドセットの中で背筋を伸ばしました。優しい声で言われる正論が、いちばん刺さる。泣き出した僕に、先生は言葉が強すぎたと謝って、抱き寄せてこう言います。「先生は、裏切らないから。裏切れないよ」。その日は「先生今日女の子の日なの」と、お口での仲直り。喧嘩の後の奉仕がいちばん優しいの、ずるくないですか。
そして、別れは突然やってきます。第一志望の合格を報告した、その日に。先生は打ち明けるんです。「先生も本当は好きだったよ。君のこと好きになっちゃってた」。なのに、就職が決まって春から海外赴任。「人の心は移りゆくもの。永遠なんて存在しないの」「今日でこの疑似恋愛は、卒業しないといけない」。おいおいおい。合格したのに。両想いなのに。それでも先生は「君にとって忘れられない女でいたい」と言い、「思いっきり愛が詰まったセックス、しよう」と求めてくる。しかも最後のそれを、先生は教わる側だった僕のほうから始めさせるんです。卒業試験です。
この最後の一回に、作品は惜しみなく時間をかけます。「触り方、様になってきたね。かっこいいよ」と成長を認められ、騎乗位で歯を見せて笑っていた先生が、正常位では眉を寄せ、自分の胸を掴んで乱れていく。「最後だよ」「君も愛してくれる?」。まるで砂時計の砂が落ちきるのを見ながらする交わりです。気持ちよさと切なさが同時に押し寄せて、下半身と胸が別々に苦しい。抜くために再生ボタンを押したはずが、気づいたら失恋していました。
最後に:「私が、また、見つけられるように」

別れの日、先生は僕の背中を押します。「君の将来は無限に広がってるんだから。大きく羽ばたくんだよ」。そして最後に、こう言い残して去っていく。「私が、また、見つけられるように」——「バイバイ」。この言葉の意味を、あなたは観終わってからずっと考えることになります。羽ばたいていった君を、いつかまた見つけられるように——。そんな別れ方が、あるか。あるんです、この作品には。
感情が欠落していた僕は、この疑似恋愛で全部を味わいます。好きになる幸福、奪われるかもしれない恐怖、嫉妬をぶつけた後悔、そして喪失。先生を好きになったから、先生が愛してくれたから、僕は成長できた。そして僕はまだ、先生より素敵な女性に出会えていない——物語はそう締めくくられます。
観終えてヘッドセットを外した後、部屋がやけに静かで、少し寂しいはずです。でも安心してください。その胸の鈍い痛みは故障ではありません。感情が、まだ生きている証拠です。そしてあなたはきっとこう思うでしょう。「誰かを本気で好きになるのも、悪くない」と。恋愛は、独学できない。だったら、教わりに行きましょう。八木先生の授業は、いつでも開講しています。
