
こんな人に観てほしい:誰にでも優しいあの人を、好きになってしまった人へ

あなたの周りにも、一人はいませんか。誰にでも分け隔てなく優しくて、その場にいるだけで空気が明るくなって、みんなから好かれている人。
そういう人を好きになると、地味にしんどいんですよ。優しくされても、それがこちらへの特別なのか、ただいつもの優しさなのか、判別がつかない。隣で笑っているのに、その笑顔は世界中に配られている気がして、自分だけのものだと思える瞬間が一度もない。期待しては「いや、勘違いするな」と自分にブレーキをかける。この往復だけで一日が終わる。
私はこれを「優しさの平等地獄」と呼んでいます。雑に扱われたら諦めもつく。でも公平に優しくされると、いつまでも一ミリだけ期待が残ってしまう。その一ミリが、いちばんしんどい。
この作品は、その一ミリに、いきなり恩赦が下りる話です。誰にでも優しいあの人が、ある日こちらだけを見て「好きなの」と言ってくる。それがどれだけ脳をぶっ壊す体験か、これから話します。
あらすじ:友達だったはずの彼女を、昼のカフェに呼び出した日

主演は瀬戸環奈。通称セトカン。S1の人気女優で、彼女と「恋人になれる」シリーズの第二弾です。
物語はシンプルで、だからこそ効きます。ずっと友達だった彼女を、昼のカフェに呼び出す。ベージュのもこもこコート姿で、ちょっと遅れてきて「迷っちゃって」と笑う。他愛のない近況の話。仕事どう、忙しそうじゃない。そのうち彼女がさらっと核心を突いてくる。「あ、そういえば彼女いないの?」——そして、ほとんど独り言みたいに付け足すんです。「まあ私はいないけどね。だから時間空いてるんだけど」。
おい。今の、聞こえてるぞ。聞こえなかったフリをしたいのに、心臓だけが正直に跳ねる。この判定ができないまま街をぷらぷらして、日が暮れて、イルミネーションの庭園にたどり着く。「なんか手冷えてきちゃった」と差し出される手を握る。「あったかいね」。そして帰り際、帰りたくないのは彼女のほうで、言いたいことをなかなか切り出せずにいる。待ち合わせから、告白、初めてのお泊まり、翌朝の見送りまで。設定もフェチも何もない。ただ、本当に付き合っている。それだけの作品です。
見どころ1:「好きなの。あなたのことが」で、息ができなくなる

正直に言います。この作品のいちばんの山場は、エッチじゃないと思っています。告白です。
イルミネーションの下で、彼女が急にもじもじし始める。さっきまでカフェであんなにケラケラ喋ってた人が、です。「まだ一緒にいたいなって思うんだけど」「明日予定でもある? ないなら一緒にいたいな」。この、結論を引き延ばす感じ。言いたいことがあるのに言えなくて、外堀から少しずつ埋めてくる。分かってるのに、いざ「ダメ?……私ね」で一瞬言葉が止まった瞬間、こっちが息を呑む。次の言葉を、彼女より先に待ってしまっている自分がいる。
「好きなの。あなたのことが。ずっと一緒にいたいの」。
私はここで、本当に呼吸を忘れました。すごいのは言い方なんです。勢いで叫ぶんじゃない。颯爽と決めるんでもない。少し恥ずかしそうに、でも逃げずに、潤んだ目でこちらを見て、ちゃんと言いきる。考えてみてください。誰にでも優しい人の優しさって、薄く広く配られているから、自分の取り分はいつも一切れだけだと思っていた。それがこの瞬間、ホールごと「全部あなたのです」と差し出される。配給される側だった自分が、いきなり一番前に呼ばれる。そりゃ頭の中も真っ白になる。そして「チューしてもいい?」と、ずっとこうしたかったと言わんばかりに唇が近づいてくる。あの冒頭の「私もいないけどね」は、布石だったわけです。気づいた瞬間、背中がゾワッとしました。
見どころ2:これは「奉仕される」話じゃなく、「甘えられる」話だった

ここで「告白されて終わりの、ほっこり純愛ものでしょ」と思った人。違います。むしろここからが本番です。
恋人になった二人は、クリスマスの飾りつけがされた部屋で初めての夜を迎える。さっきまであんなに健気だった彼女が、いざ向き合うと、固まるこっちをからかってくる。「興奮した顔してるよ」。そして白いチューブトップから、自分で胸を持ち上げて見せながら、ひとこと。「あなたにしか見せないんだからね」。胸そのものより、この言葉が効くんです。だってこの人、街では誰にでも優しい。その人が、世界で一人、こっちにだけ特別なドアを開けている。脱がせるんじゃない、見せてもらってる。そう突きつけられた瞬間、胃のあたりがキュッと持ち上がって、変な汗が出ました。
そして、私が予想を外したのはここから。人気女優がひたすら尽くしてくれる夢の一本だろうと思っていたら、半分外れたんです。ベッドのシーンで、疲れて寝落ちしかけたこっちに、彼女のほうが甘えてくる。「かまちょしてもいい?」「まだ寝かせてあげないからね」。尽くされるんじゃない、まとわりつかれる。やがて自分からお尻をこちらに向けて「私のも舐めてくれるの?」と69へ。そして自分で腰の上に跨って、わざわざ「手」と言って手を繋いでくる。繋いだまま、見つめ合ったまま、揺れる。これは行為というより、好きな人と密着していたいという欲そのもので、観ているこっちの腰の奥に直接くる。湯気の立つ狭い湯船で距離がゼロになるパイズリも含めて、終始「あなたと離れたくない」が止まらない。
でも本当にやられたのは、翌朝でした。目を覚ますと、彼女はもうメイクを済ませて白いニットに着替え、仕事へ行く支度を全部終えている。「もう、支度終わっちゃったよ」。なのに、布団の中で朝から元気なこっちを見つけて、呆れ笑いしながら「お仕事行く前に、ちゃんと気持ちよくしてあげる」。着替えたばかりの服のまま、出勤直前に、もう一度。脱いで乱れる夜より、よそ行きの服を着た恋人が自分のためにもう一度しゃがみ込むほうが、なぜか効く。「だって、どっちも好きでしょ? 特別だからね」。昨日の「特別」が一夜限りの魔法じゃなかったと、朝の光が証明してくる。
最後に:誰かの「特別」になる、その手触りを思い出す

この作品を観終えたあと、あなたの胸に残るのは、たぶん射精の余韻じゃありません。「また遊ぼうね」と笑って仕事に出かけていった彼女の、背中の温度のほうです。
私たちは、いつの間にか「特別扱いされること」を諦めて生きています。みんなに親切な人の、その他大勢でいいやと。優しくされることには慣れても、選ばれることには、ずいぶんご無沙汰している。この一本は、人気者が雑踏の中からこっちだけを見つけて、まっすぐ「好きなの」と言ってくれる、あの瞬間の心臓の跳ね方を、まるごと思い出させてくれる。
観終えたあと、あなたはきっと、優しくされることと、特別に想われることは、こんなにも違ったのか、と思い知るはずです。セトカンの「特別だからね」を一度浴びたら、もう抜け出せません。覚悟して、いってらっしゃい。
