
こんな人に観てほしい:推しとの一線を、頭の中でだけ何度も越えたことがあるあなた

握手会で、手を離すタイミングが分からなくなったことはありませんか。チェキの列で、自分の番までに用意していた一言が、目が合った瞬間に全部飛んだこと。撮影会で、レンズ越しに笑ってくれる推しに向かって、心の中でだけ、もう少し近くに、と言ったこと。私はあります。そして帰りの電車で、何も起きなかった一日を、何かが起きたみたいに反芻している。
この作品を観てほしいのは、そういう夜を知っているあなたです。ただし、先に言っておかなければならないことがあります。
これは甘い話ではありません。個撮に当選した常連が、ネットに流れている枕営業の噂を真に受けて、飲み物と、露出の多い衣装を用意して来る。彼女は普通の撮影会だと思って迎える。衣装に戸惑い、触られることを何度も拒む。そのあとで、心より先に身体の方が変わっていく。媚薬という設定があり、拒否があり、それを押し切る強引さがあります。彼女が最初から望んでいた、という話にはならないし、作品もそこを甘い恋に書き換えたりしない。この設定が無理な人は、ここで閉じてください。それが正しい。
それでも読み進めるあなたに伝えたいのは、この作品の怖さが、暴力の派手さではなく、落差にあるということです。「可愛く撮ってね」と笑っていた同じ人が、着替えを挟んだ同じ撮影会の続きで、別の言葉を口にするようになる。その途中を、一つも飛ばさずに見せられる。推しとの一線を頭の中でだけ越えてきたあなたは、その一線が実際に消えていく音を、たぶん初めて聞くことになります。
あらすじ:可愛く撮るだけの、貸し切り撮影会のはずだった

虹村ゆみが演じるのは、人気のコスプレイヤーです。主人公は、彼女のマンツーマン個撮に当選した常連。ただの当選者なら話は簡単でした。問題は、この常連が、ネットで囁かれている枕営業の噂と、出回っている疑惑の画像を、本気で信じてしまったことです。自分もその相手になれるかもしれない。だから、主人公は飲み物と衣装を用意してきた。
木の格子が天井を覆う広いスタジオで、主人公は床に座って彼女を待っています。撮影が始まる前に、スポイトの付いた透明な小瓶を取り出して、目の高さで眺めている。何が入っているのかは、このあとの彼女の変化が教えてくれます。
淡い紫のオフショルダーニットにグレーのプリーツスカートで現れた彼女は、いつも来てくれてありがとう、今日は貸し切りだから二人きりだよ、と笑います。彼女はこちらの顔が赤いとからかい、可愛く撮って、いっぱい撮って、と注文を重ねる。ここだけ切り取れば、幸せな個撮です。スカートの中が見えたかもと気にしながら、コスプレ用だから大丈夫、と自分で割り切るあたりも含めて、常連が通い詰める理由がよく分かる。
そこへ主人公が水を差し出す。わざわざキャップまで開けてから渡す。彼女は喉が渇いていたと喜んで飲みます。撮影は続く。ただ、主人公の手が画角に入り込むたび、距離が縮むたび、手が映っちゃうから、ちょっと近くない? と注意が増えていく。彼女の中では、この日はまだ撮影会として進んでいる。
やがて主人公が黒いケースから衣装を取り出します。露出の多いキャラクターだと戸惑いながらも、いつも来てくれる常連の頼みだからと、彼女は着替えを引き受ける。籐の吊り椅子が並ぶ別の部屋でひとりになった彼女は、さっきまでの笑顔を置いて、本音を漏らします。触りすぎてキモい、何これ短い、パンツまで? どんだけ変態なの、本当にいい人だと思っていたのに。文句を言いながら私服を脱いでいく途中で、彼女はこう言うんです。
「なんか暑くなってきた」
そのあとで、黒いショートパンツと、水色のリボンが付いた白いトップス、黒いニーハイを順に着けていく。ほとんど裸みたいだと呆れ、今度から触るのは禁止だと言わなきゃ、と決めながら。ここから先は、あらすじで語る話ではありません。獣耳の付いた白いウィッグを着けて戻ってきた彼女に何が起きるのか。それを、二つの見どころとして話します。
見どころ1:ルールを説いていた声が、語尾から溶けていくまで

戻ってきた彼女は、この格好が恥ずかしいと照れながら、似合っているかを確かめて撮影を再開します。白いロングウィッグに獣耳、水色のリボン、黒いニーハイ。裾を持ち上げ、腕を広げて、ちゃんとポーズを取る。プロです。ただ、主人公のカメラは明らかに近づいていて、下から撮りすぎ、寄りすぎ、と注意の回数が増えていく。そして彼女自身も、恥ずかしくて熱くなってきちゃった、と何度も口にする。私はこの時点で、画面の前で嫌な汗をかいていました。彼女は照れのせいだと思っている。こちらは、水のせいだと知っている。家族の健康診断で悪い結果が出たのを先に知ってしまい、本人の前で普通に晩ご飯を食べるような時間です。この知識の差が、この作品でいちばん重い荷物になる。
で、ここからなんですけど。彼女が、ちょっと待って、お話しして休憩しよう、と床に座るんです。向かい合って、今日は楽しい? 私のどこが好きでいつも来てくれるの、来月のイベントも絶対来てね、約束だよ、と話す。普段こういう格好はしないから緊張しちゃった、肌色多いよね、と自分の格好を確かめながら笑う。常連と推しの、いちばん幸せな距離です。ここで私は一瞬、油断しました。この会話があまりにも普通で、さっきの小瓶を忘れそうになった。
その最中に、主人公の手が衣装に触れ始める。彼女は最初、笑って諭します。そっちから触るのはダメ、私からならいいけど、今日は撮影会なんだから、今日は触りすぎだよ、いつもこんなんじゃないでしょ。そういうことをしているとイベントができなくなっちゃうでしょ、とまで言う。これ、完全に正論なんです。しかも優しい正論。声を荒らげることも突き放すこともせず、まずルールを説いて聞かせている。私はこの声を聞きながら、この人はまだ、今日を撮影会として終わらせるつもりでいるんだと思いました。
そこで主人公の行動が変わります。離して、どうしたの、待って、なになに、と彼女が戸惑う声を上げているうちに、白いトップスが左右に開かれて、胸があらわになる。彼女はそれでも、熱さの理由を言葉にしようとするんです。部屋が暑いだけなのか、疲れているせいなのか、と口にしながら、そこはダメ、ここはダメだから、と拒み続ける。
ここが、この作品の核心です。拒否の言葉が消えるのではない。拒否の言葉が、少しずつ溶けていく。ダメ、と言っている。言い続けている。でもその合間に荒い息が混ざり、語尾が溶けて、途中から言葉と喘ぎの境目が分からなくなる。両胸を握られたまま、長い時間が過ぎます。私はその間ずっと、彼女の目が閉じたり開いたりするのを見ていました。開いたときの目は、まだこちらを咎めているように見える。目を閉じているときの口は、もう別のことを言っている。白状すると、その溶けた語尾を聞いた瞬間、私の身体は頭より先に前のめりになっていました。追いついてきた頭が、それを咎める。その繰り返しです。
やがて脚を開かされて、布越しに触られると、これだけはダメ、と一線を引く。顔が触れ合うほど近づかれ、口づけの音がしたあとにも、これ以上はダメ、という言葉だけは残る。これだけは、という彼女の言い方が痛い。彼女は守る線を一つずつ後ろに下げながら、最後の一線だけは守ろうとしている。
そこで主人公が、例の写真を出すんです。何この写真、私じゃないよ、なんの話、こんなことしてないから。写真の真偽は分かりません。確かなのは、彼女が自分ではないと強く否定していることだけです。でも否定する声の中に、もう喘ぎが混ざって聞こえる。手のひらに隠れるほどのピンク色の器具を股間に当てられると、息づかいが泣いているように聞こえてくる。私はここで一度、再生を止めました。止めて、水を飲んで、また戻った。戻ってしまった。
そして主人公は、小さな容器を彼女の口元に運びます。それから、両手で頬を包む。彼女はこちらを見ている。その直後です。熱くなっちゃった、と呟き、主人公の身体が欲しいと自分から求める。
見どころとして語っておいてなんですが、ここは気持ちよく観る場面ではありません。観終わったあとに残るのは、彼女の言葉が反転した瞬間の、観る側の胃の重さです。あなたはたぶん、この場面で彼女ではなく自分の反応を見ることになる。それがこの作品の一つ目の見どころで、同時に、いちばん言い訳のきかない部分です。
見どころ2:拒んでいた彼女が、もっと、とねだり始めるまで

二つ目は、そこから先の彼女です。一つ目で壊れたものが、ここでは形を変えて戻ってきます。
主人公が下半身を脱ぐと、彼女は自分から股間に顔を寄せて、喉の奥まで含む。咳き込むような音を立て、頭を押さえられ、それでも、もっと、と繰り返す。さっきまで手が映るからと注意していた人の口から、こういう言葉が出る。そして、これ入れるの、撮影するの、と聞きながら、自分でショートパンツを脱いで、正面からまたがるんです。
撮影するの。この一言を、私は忘れられません。彼女の中で、この日はまだ撮影会の続きらしい。ルールは壊れているのに、枠だけが残っている。その枠の中で、早く入れて、と急かす。腰を動かし始めると、気持ちいい、と声が変わる。騎乗位で背中を向けて、肩越しに振り返る。正面に戻って、口を開けたまま笑う。こちらの指に舌を伸ばす。さっき、触るのはダメ、と諭していた口です。
で、ここが二つ目の反転です。彼女は、さっきのやつをもっとちょうだい、と自分からねだる。少し前に口元へ運ばれたものを、今度は自分から、もっと、と求める側に回っている。一緒にイこう、と求めた末に中に出される。その直後も、さらに求める声が続く。彼女はソファの方へ移り、四つん這いになる。
私はここで気づきました。彼女を最後までただ可哀想だと思い続けるはずだったのに、その見方がもう崩れている。一つ目の見どころで、私は彼女が壊れていく落差に胃が重くなっていた。ところが二つ目で、壊れた彼女は、こちらが用意していた同情の置き場所を奪ってしまう。もう可哀想と言わせてくれない。画面の中の彼女は、後ろから突かれながら振り返る。腰をつかまれ、上体を床に伏せる。うつ伏せのまま、また中に出されて、溢れてる、熱い、と口にする。仰向けにされて脚を上げた正常位では、おかしくなっちゃう、これ初めて、と理性を手放す言葉が続く。そのうちに、もっともっと入れて、と自分から求め始める。
ここまで来ると、行為の激しさそのものより、彼女の表情が刺さります。目を閉じて眉を寄せる顔と、口を開けたまま笑う顔が、交互に来る。どちらが本当なのか分からない。たぶん両方が本当で、だからこそ観ている側の下腹部が、理性より先に返事をしてしまう。私は正直に書きます。この場面で、私の身体は、頭が出した結論を無視しました。
終盤、主人公が仰向けになり、彼女が上で白い袖を広げて腰を振る。背中を向けて臀部を押し付け、また大きくなってる、気持ちいい、と口にしながら絶頂を繰り返す。股間に顔を寄せて、吸い上げるような音を立てる。そして最後は、こちらの脚の上に座って、両手を広げてポーズを取るんです。口を開けたまま。撮影会の続きみたいに。
あなたはこの最後のポーズを見て、可愛いと言えますか。私は言えませんでした。それでも、再生は止めなかった。その矛盾こそが、この作品の二つ目の見どころです。そして同じ矛盾を、作品はあなたにも突きつけます。
最後に:ポーズを取る彼女を、可愛いと言えなくなる

私は普段、こういう設定の作品を積極的には選びません。理由は簡単で、観終わったあとに自分が嫌いになるからです。今回もそうでした。ただ、嫌いになり方が、いつもと違った。
この作品は、彼女を最初から壊れた人として出さない。可愛く撮って、と言う人として出す。手が映るからダメ、と注意する人として出す。来月も会いに来てね、と約束する人として出す。そのうえで、着替えを挟んだ同じ撮影会の中で、その人が自分から、もっと、とねだるところまで連れていく。落差というのは、高いところから見下ろすから怖いのではなくて、上にいたときの景色を覚えているから怖いんです。この作品は、上の景色をこれでもかというほど丁寧に見せてから、落とす。
そしてあなたは、落ちていく彼女を見ながら、自分の身体が反応していることに気づく。頭は、これはダメだと言っている。でも下腹部は別の返事をしている。その二つのずれを、この作品はごまかしてくれません。私はそこで、推しとの一線を頭の中で越えていた夜の自分が、実はどこまで行きたかったのかを、初めて具体的に知らされた気がしました。知りたくなかった。でも知ってしまった。
観終わったあと、あなたはきっと、最後のポーズを取る虹村ゆみの顔を思い出すでしょう。両手を広げて、口を開けて、笑っている顔。撮影会の続きみたいな顔。そしてこう思うはずです。あの顔を可愛いと言えなくなった自分は、この作品の前と後で、何が変わったのか。
その答えは、たぶん一晩では出ません。出ないまま、あなたはもう一度、最初の撮影会の場面から観直すことになる。可愛く撮ってね、と笑う彼女を、今度は知っている目で見るために。
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