
こんな人に観てほしい:水着の向こう側を諦めた夜がある人へ

あなた、一つ聞いていいですか。
グラビアアイドルの水着写真を見て、あの布の下を想像したことがありますよね。雑誌をめくって、ネットで画像を保存して、イメージビデオを繰り返して。でもどれだけ見ても、水着の向こう側には永遠に辿り着けなかった。想像するしかなかった。
ある日、その想像に疲れた。飽きたのではなく、疲れた。見続けても辿り着けないものに時間を使うことの虚しさに気づいた。あなたはグラビア雑誌を閉じて、別のジャンルに移った。
この作品は、その閉じた扉をこじ開けます。しかも開け方が異常です。水着の向こう側を見せるだけじゃない。その水着の人が、あなたの部屋に家庭教師として来る。ノートを広げて数式を教え始める。その距離で。そのIcupで。あなたは数式が頭に入らない。頭に入らないことを、彼女も知っている。もう買ってください。
あらすじ:もしかしたら、本当にあったかもしれない話

紫堂るい。S1専属のIcupグラビアアイドル。実際に塾講師として働いていた経歴を持つ。初VR作品。監督はジーニアス膝。
コンセプトは「アナザーストーリー」。あなたが雑誌やネットで何度も見ていた憧れのグラドルが、家庭教師としてやってくる。完全なフィクションではありません。彼女は本当に教壇に立っていた人で、本当にグラビアアイドルだった。「もしかしたら」の部分だけがフィクション。この「ギリギリ嘘じゃない」感覚が、あなたの没入を底なしにする。衣装は2着。場所は同じ部屋。派手な場面転換はない。その引き算が成立する身体と演技がここにある。
見どころ1:勉強パートを飛ばした人が一番損をする

あなたは導入を飛ばしますよね。服を着ている。まだ何も始まっていない。早送り。絡みシーンまで飛ぶ。ほとんどの作品では、それで正解です。導入は添え物で、飛ばしても何も失わない。
この作品は例外です。
彼女は本当に塾講師として働いていた人間です。だから勉強を教える所作に嘘がない。あなたはこの動きを見ているうちに、「AVを見ている」という構えを解除してしまう。勉強を教わっている生徒になってしまう。この構えの解除が、後に続く全てのシーンの衝撃を倍にします。
「AVを見ている自分」は何を見ても驚かない。でも「勉強を教わっている自分」が、先生のポロシャツの前が開いた瞬間に感じるのは、驚きです。しかもこの驚きに、もう一つの層がある。あなたは知っているんです、この人が誰なのかを。雑誌で何度も見た。保存した。お世話になった。その人が今、目の前で困った眉をして数式を指差している。「先生」と「グラドル」の二重映しが脳の中で完成した状態で、服が脱げていく。この体験は、導入を飛ばした人には絶対にできない。
そしてもう一つ。勉強パートの間、彼女の顔と胸はずっと近い。でもこの近さは「教えている距離」であって、「キスする距離」ではない。あなたの脳はこの「近いのにキスしない距離」を無意識に積み上げていく。後半、衣装が変わってキスが来た瞬間、積み上がっていたものが全部崩れる。同じ距離なのに、意味が変わっている。文脈のあるキスは、早送りできません。
見どころ2:巨乳は体型じゃない、落差だ

巨乳のカテゴリーで何十本も買ってきた人に聞きます。「胸は大きいけど全体的に大きいんだよな」と思ったこと、ありませんか。
Fカップ、Gカップ。でも肩幅も広い。ウエストも太い。大きな額縁に大きな絵が入っているようなもので、絵の大きさが際立たない。巨乳というカテゴリーが退屈に感じ始めるのは、この「全体的に大きい人」に当たり続けた結果です。
紫堂るいは違う。体はスレンダーです。ウエストは細い。肩は華奢。色白の肌。なのに胸だけがIcup。峰不二子型と呼んでいいプロポーション。この落差が、胸のボリュームを暴力的に見せる。
そしてこの作品は、後半で髪型が変わります。下ろしていた長い黒髪を、ポニーテールにまとめる。これが何を意味するか。Icupを隠す髪がなくなる。前半は長い髪が胸にかかって見え隠れしていたものが、後半では一切隠れない。どの体勢でも、どれだけ動いても、全部見える。あなたが前半で蓄積した「もっと見たい」が、後半で全開放される。髪型ひとつで、Icupの見え方がここまで変わる。
しかもこのIcupは、角度によって形が変わります。重力との関係が変わるたびに、別の表情を見せる。同じ胸がいくつもの形を持っている。あなたは今日まで「巨乳」の一言で片付けていたものの中に、「落差」「形の変化」「肌の色」という変数があることを知らなかった。一度知ってしまうと、もう元には戻れない。
最後に:思い出す人になる

この作品は、終わり方が特殊です。
黒い画面にテロップが出る。生徒の一人称で書かれた短い一文。あなたはそれを読んで、今まで見ていたものが「リアルタイムの出来事」ではなく「回想」だったことに気づく。
テーブルで勉強を教わったこと。ポロシャツが開いたこと。キスしたこと。全部、「あの時」のことを思い出している男の記憶。この構造が効いてくるのは、画面が消えた後です。あなたもまた、「あの時のこと」を思い出す人間になるから。作品の中の生徒と、あなたの体験が重なる。
グラビア雑誌を閉じた日、あなたは水着の向こう側を諦めた。この作品は、その諦めた場所に連れ戻してくれます。しかも今度は、想像ではない。見た。知った。もう忘れられない。
もしあなたの中に「何度もお世話になった人に、一度でいいから会いたかった」という気持ちがあるなら。この作品は、その気持ちに応えてくれます。
