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【VR】全裸学園 転校してきたら男は僕ひとりだけ!?「全裸当番」という決まりがあってクラスみんなのすっぽんぽんを見られる不思議な学園生活。

恋愛ゲームをクリアしたと思ったら、エンディングで4人全員が泣いていた。

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こんな人に観てほしい:ハーレムに「退屈」を感じ始めたあなたへ

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あなたに聞きたい。

ハーレム作品を観ていて、途中でスマホを触ったことはないですか。

3人目が出てきたあたりで、もういいかなと思う。刺激はある。裸もある。でも心が動かない。序盤と終盤で、あなたの中の温度が変わっていない。行為は見たけど、物語がない。キャラクターがいるのに、人間がいない。

多くのハーレム作品は「全員が最初から好意を持っている」ところから始まります。便利な設定だけど、あなたは知っている。好意に理由がないと、自分が透明になる。誰でもいい相手に好かれても嬉しくないのと同じです。

もう一つ聞いていいですか。

恋愛ゲームにハマったことがある人。ゲームの中で、ルートに入る前の日常パートが一番好きだった、という感覚。わかりますか? あの、まだ誰とも付き合ってないけど、全員の好感度がじわじわ上がっていく、あのぞわぞわする時間帯。あれがずっと続く作品があったらどうですか。しかも最後に、4人全員のルートが同時に爆発する。

本中から出た「全裸学園」。この作品は、ハーレムに退屈した人間を本気で殴りに来ています。

あらすじ:「裸」がスタートラインの世界で、感情だけが服を着ている

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本中8KVR。監督は白鳥ニドミ。出演は総勢10人。メインの4人は逢沢みゆ、柏木こなつ、北岡果林、西元めいさ。

設定は「全裸当番」制度がある学校に、唯一の男子として転校してきたあなたの話。バカバカしいでしょう。はい、バカバカしいです。設定だけ聞いたら出オチだと思って当然です。

ところがこの設定が、とんでもなく巧妙な装置として機能する。

裸がデフォルトの世界では、裸であること自体にエロスがない。教室で全員が裸でいるのが日常だから、あなたの脳は数分で慣れてしまう。するとどうなるか。エロスの起点が「脱ぐ」から「触れる」に移動する。もっと言うと、「感情を見せる」に移動する。

だからこの作品では、肌の露出ではなく、心の露出に興奮する。声のトーンが変わった瞬間。目をそらした瞬間。名前の呼び方がほんの少しだけ甘くなった瞬間。裸の教室で制服を脱がされるよりも、そういう些細な変化に心臓を持っていかれる。

131分の長尺です。でもその長さは、4人があなたに近づいてくるまでの距離を丁寧に描くために必要な時間であって、水増しの長さではない。

見どころ1:「好きにさせてから抱く」という、ハーレムの禁じ手

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ハーレム作品の設計には二つの流派があります。一つは「出会ってすぐ行為に入る効率型」。もう一つは「関係性を積み上げてから行為に入る感情型」。後者は圧倒的に難しい。時間がかかるし、退屈になるリスクがある。だから多くの作品は前者を選ぶ。

この作品は後者を選び、しかも退屈にならなかった。なぜか。4人の「好き」の形が全く違うからです。

恥ずかしがり屋の子が、震える手であなたに触れてくる。その手の震えが伝わってくる。うまくできない。手慣れていない。でもやめない。あなたは守ってあげたくなる。ところが気づいたら、その子の不器用さに自分が導かれている。守る側と守られる側が、いつの間にか溶けている。

全く違うアプローチで来る子がいる。強がりで、素直になれない。でも虚勢を張れば張るほど、その裏にある本音が透けて見える。強がりが崩壊する瞬間を、あなたは目撃することになる。あの瞬間、脳のどこかで快感物質が爆発する。人が鎧を脱ぐ瞬間には、服を脱ぐ瞬間の何倍もの破壊力がある。

そして正面から告白してくる子がいる。エロ作品で告白が成立するのか? 正直、観る前は疑っていました。でも成立してしまった。なぜか。それまでの時間の積み重ねがあるからです。恋愛ゲームの日常パートをたっぷりプレイした後に聞く告白は、重い。重いんです。あなたはすでにその子を知っている。知っているから、告白の言葉が胸に刺さる。

ここが核心です。好きにならないと、エロは深くならない。 行為の前に感情がある作品と、ない作品では、同じ行為でもあなたの中で起きることが全然違う。この作品はたっぷり時間をかけて、あなたを4人に好きにさせてから、抱かせる。その順番が、すべてを変えている。

見どころ2:「全員を好きになってしまった」という罪の快楽

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恋愛ゲームには暗黙のルールがあります。1人を選ぶ、というルールです。

現実の恋愛もそう。好きな人は1人であるべき。複数を同時に好きになるのは不誠実。そう教わってきた。だからあなたは、ハーレム作品を観るとき、どこかで罪悪感を薄めている。「これはフィクションだから」「設定がそうだから」と、自分に言い訳をしている。

この作品はその言い訳を奪ってくる。

4人それぞれに個別のパートがあって、それぞれの感情を丁寧に積み上げていく。結果として、あなたは4人全員に感情移入してしまう。1人を選べない。選びたくない。だって全員の気持ちが本物だから。

終盤、4人が集まったとき、それぞれが自分だけの関係だと信じていたことが露呈する。争奪戦が始まる。あなたは全員の気持ちを知っている。知っているからこそ、誰の言い分も否定できない。

ハーレムの快楽は「モテる」ことにあると思われがちです。違う。この作品が教えてくれるのは、ハーレムの本当の快楽は「全員を好きになってしまった罪悪感」の中にあるということ。選べない苦しさの中にエロスがある。誰かを選ぶことは、誰かを傷つけること。その構造を真正面から描いたハーレム作品を、私は他に知りません。

最後に:決着がつかないから、あなたの中で終わらない

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この作品は、答えを出しません。

誰が彼女になるのか、決まらないまま終わる。恋愛ゲームで言えば、ルート選択画面に戻された状態で電源が切れる。

でも考えてみてください。もし1人に決まっていたら、残りの3人の感情はどこに行くんですか。あの子の震える手は。あの子の崩れた強がりは。あの子のまっすぐな告白は。全部なかったことになるんですか。

決着がつかないことで、4人全員の感情が生き残っている。あなたの中で、4人がまだ答えを待っている。だからゴーグルを外した後も、ずっと考えてしまう。自分なら誰を選ぶのか。いや、本当に1人だけ選べるのか。

ハーレム作品を観て、こんなことを考えたのは初めてです。

設定はバカバカしい。全裸当番なんて笑ってしまう。でも観終わったとき、あなたは笑えなくなっている。4人の感情が全部本物だったことを、あなたの体が知ってしまっているから。

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